闘争領域の拡大

自由の名のもとに恋愛の領域にも際限なく広がっていく闘争領域の中での「持たざるもの」の悲惨さについて、(その後の著作同様に)身も蓋もなく冷ややかに観察してみせた(小説の)デビュー作。
とはいえ「素粒子」に比べると大分大味。「素粒子」でも、社会的・文化的な背景の中で「ある時点で逃したものによってその後永遠に苛まれ続ける」という様子が本作同様に描かれるが、大きな違いは、「素粒子」では登場人物の「ある瞬間で本当にちょっとしたことを躊躇ったことが信じ難いほどその後の人生を変えてしまった」ことへの嘆き(そして「あの時ああしていればあるいは」と思わざるをえない惨めさ)、一個人の(時代にも渇望にも抗えぬ)弱さ、というものが本作より遥かに丁寧に書かれている点。そこが問題の一過性に留まらぬ本質的な部分を浮き彫りにするとともに、最後の力技の効果を強めるものになっているが、本作はそこまでの醸成はなくて残念。

闘争領域の拡大

闘争領域の拡大