2021年の思い出

昨年に続き、世相的には変異種が各国で猛威を振るい依然コロナからの回復はまるで見通せず、という所である中で何だが、自分にとっての2021年を一言で総括するならば、”Completion”であった。漢字一文字なら「完」。

私事でいえば、年明け早々の審査を経て3月の学位取得・修了に伴い学生の身分を再び脱却したことが最大の変化であったし、これが上記の総括の大きな理由ではある。

ただそれだけではなく、後述するように今年摂取したコンテンツで特に強い印象を残したものはいずれも区切り、もっと言えばそのうちの一部は「一つの時代の終わり」を示すようなものであった。自分にとってもこれらについて確かに「完結した」、という感覚がある。これがもう一つの理由であり、(コンテンツについては消費者レベルでありながら何だが)、上と合わせて人生的に「次」どうするか、を考える段に差し掛かっていると感じる。

問題が顕在化してから、さて、とか言っている温さは、ボードゲームなら対戦相手にしっかりしばかれ身を持って反省を促される所だが、実人生だとゆるやかな自死に向けていともたやすく反最適的戦略的に振る舞えてしまう所は滑稽でもある。

いずれにせよ、もはや年一度の更新で中身も散漫だが以下に少し記載してみたい。

本当は区切りでもあるので内容ごとに記事を分けるべきかもだが、億劫なのでまとめて書いてしまう。*1

大学院関連

昨年12月に死にそうになりながら中間審査を受けたと思ったら、年内に論文提出、年明け間もない内に審査、と兎に角目まぐるしく、本質的には新しいことを何もしていないにも関わらずジェットコースター的であった。

審査はオンライン形式への準備が至らず、絵なり式なりを白板にその場で書ければ効率的に回答できそうな所を、Web会議でスムーズにやる方法を見出だせていなかったのと、本当に予想だにしないような異次元的質問が飛んできて動揺したり、と満足いく対応ではなかったものの、そもそもの内容が立派なものでないことを鑑みればこんなものか、というところ。

他には、審査一般公開とか形式的なものだろう、とか軽く見ていたら本当に学外の人*2って来るんだ…的な驚きがあったり。有り難い話ではあるが、相当意表を突かれた。

しかし、この審査に限らず全体的に物理の学生だった頃の常識で色々第一感考えがちなのだが、それが覆されることが多い、というのが課程全体を通じての印象ではある。

たとえば2月にあった最終試験もcheerfulな印象を受けた*3が、まあ審査じゃないのだからさもありなん、とか軽く考えていたがどうも一般的にはそうでないらしいことを後で知ったり、とか。

他にも博士課程にもなって授業にせっせと出て単位回収をする、とかそんなこと物理の学生の頃には夢にも思ったことがなかったが、実のところ今回の課程ではXX単位*4を獲得することが必要条件になっているので、えらく苦労した。

なにより、要件である単位数は(無駄に)多い割に、オプションとなる講義数が少ないのは実に問題であった。日中は業務に従事している関係上、効率的に単位取得するには集中講義が最良なのだが、情報・応用数学関連では学外の人が来てやる集中講義のコマ数は乏しくまるでない、というのも物理学科的直感に反するところで、大きな驚きと実務的なダメージを伴うものであった。

仕方がないので、スキマ時間を見つけてはひーこら言いながら学外からキャンパスに通い、(過去の貯金で効率的に単位が取れそうな)物理学科に潜って集中講義(それも実験学とか)を取りまくる戦略で単位集めに精を出す、とか凡そ正統な手段からはかけ離れたことをやっていたわけだが、こうした手段が使えない人がどう対応するのかは正直謎である。まあ社会人の椅子を確保しながら、とかいう不埒なイレギュラーに配慮する必要なし、というメッセージかも知れないが。

それはともかくとして、受けた物理の集中講義はいずれも自分でもよく知っているような有名な先生や、バリバリの若手の先生による面白い内容が多くて非常に楽しめたし、メゾ(量子ドット)や量子コンピュータのハードの話、情報熱力学の話など、学生の頃勉強したわけでない分野の講義でも、講義を聞く形式で存外理解できるということは嬉しい驚きだった。*5

研究の本筋以外の部分ばかり書いてあれだが研究について言えば、(事後視点かもだが)これは誰がどー考えても非自明だろう、という領域までは明らかに行かなかったという認識。最近は大体何をやるにしても、実力が足りておらず、想定されている標準時限に対して帳尻があってくるのに1年ぐらいビハインドが要る、というのがお決まりのパターンである。大学以外での環境変化に伴っての時間の取られ方など恨み言等ないわけではないが、そこも込で並列でやることを選択しているわけなので、一切含めて実力かと考えている。

ただ、もう少し寄り道上等、みたいな開き直りをもって修了ルート直結以外のこともやっても良かったような気はしないでもない。ただでさえ順調でなくかつ専業の人に比べて潤沢な時間を持ち合わせてる訳でもないにも関わらず、余計なことに現を抜かしてると後ろめたさがあるので止してしまったが、たとえば国内会議の参加頻度を上げるとか、非共同研究者にコンタクトする機会を持つとか。

ただ、これで善悪ともかく一区切り、ということで色々やる気であるとか、やる問題案も湧いてきた所ではある一方で、昨今の世相の環境意識の高まりの煽りを受ける格好で阿呆みたいに(既存の、要は大学と関係ない)業務側で忙殺される羽目になっており、割合フラストレーションがある。ここをどう折り合いをつけるのか、あるいはつけないのかは割と本当に今後の大課題である。

将棋関連

もはや単にコンテンツを摂取してるだけなんだが、まあ22年ぶりに藤井竜王の年でしたね。去年書いた、完全体へのセルの進化、なんて表現も生温いかも、ぐらいの破竹の進撃を目の当たりにして、これは御城将棋形式での電王戦復活まったなし、とか言って知人に呆れられたりしていたが。しかし、似たようなことを某女流が冗談で言っていたのを動画で見て*6やっぱり中の人もいろいろ考えるし、よりシビアに見ているんだな、とか思った次第。

後、藤井聡太全局集がなんか知ってる話ばかりでつまらん、とか思ったが冷静に考えると大舞台ばかりになったからだった。

その他、佐々木勇七段がようやく覚醒して、スマイル永瀬に食らいつくペコポジションに近づいたかと思ったが、どうも煮え切らない。A級昇級は期待したい。

後は浅川書房から出た羽生新刊がかなりのサプライズでしたか。中身は難解。ただ、半年で既にトレンド進化の兆しも見えなくないので、本当にシビアな時代だな、と。

 

読んだ本

読みさしの本は含めない。

特に良かった枠

不滅

2021年の正月休みに読んだので、年度脳的に今年の印象が希薄だったが。それはともあれ、真の「存在の耐えられない軽さ」ということで流石の重厚さ(文章は軽やかなのだが)。旧作込みでは今年のダントツ(年明け早々がベストなのも悲しいが)。

一度きりの大泉の話

なかなか内容の重さ故に推しづらいが、今年屈指の読むべき本。

ベケットと「いじめ」

正直内容を咀嚼しきれていないが、はじめて「無意識」系の話を真面目に説得力を持った形で受け入れられた気がする。すごい本。

結婚の深層

いやすごい本だった。あけすけでありながら好感度が高い。

エネルギー産業2030

前著よりも世相を受けて、より踏み込んだ内容になっていて面白い。

弁護士になった「その先」のこと

いや、自分がなる訳ではないですが。ただ、きわめて一般的な内容を含んでおり、(個人商店的な仕事をやる人的には)いきなり入ってきた人にぱっと渡せる本として有用。

良かった枠

実力も運のうち

すごいことを言っているわけではない。が、レビュー部分は勉強になるので良い。フランク・ナイトの本に関心が湧く。

なぜ歴史を学ぶのか

なんか、(片手で数えられるほどのサンプル数なのに申し訳ないが)歴史系の一般向けの本って、それはそうだよね、という結論をねちねちと喋る系(一方で、専門家向けでないので立証のための資料などはサラッとした感じになる)という偏見がある。気を引くための変なことを言わない誠実さということかもしれないが。

従順さのどこがいけないのか

これも面白い。

ゲーマーが本気で薦めるインディーゲーム200選

こういうおすすめ本が意外と好きである。中身も面白い。

GRID

もう少し細かいところも書いてあってもよいが、良い。

微妙枠

今夜ヴァンパイアになる前に

自分がその前後で決定的に変化してしまう「変容的な経験」において、果たして合理的に意思決定する術があるかどうか、がテーマの本。なのだが、哲学系の本って発問力は高いけど真面目に解決に向けて順を追って思考する気があるの、みたいな気持ちになる内容であった。というか、成書にするのだから、あーでもない、こーでもない、みたいのをダラダラと書くのではなく、ちゃんと整理してほしい。と、仕事みたいな気分で文句を垂れたくなるぐらい、冗長に感じられた。

アカデミアを離れてみたら

個人的にはそれほど響くところが多くはなかった。

文学部の逆襲

(見るからにだめで)案の定だめだこりゃ、という感じ。多分この人の本を読むことは今後ない。

 

漫画

読みきった枠

ルックバック

ありがちで申し訳ないが今年のベスト。

魚社会

旬は超えたような気がするが、出ると読んでしまう。

ベルセルク

5月に通読。旧作(年末に41が出たが)の今年のベスト。

というか通読して思ったけど、完結しない話筆頭、みたいな感じでリアルタイムでは認識していたが、今見ると別に全然どうでも良い話成分はないですね。他の完結しない系の話とか冗長な話とは一線を画す、というか。まあ行程の中でこれは入って全然不思議ではないよね、という話を超丹念に書いた、という印象。個人的にはロスト・チルドレン辺りまでが好みだが、その後も全然破格に面白い。

ギガタウン

新作でないが、これも素晴らしい。

あそび玉(下のアンソロジー所収)

萩尾望都SFは実は個人的にピンとこない物もそこそこあるのだが、これは良かった。

楠勝平コレクション

これも全然知らなかったが、非常に良い。「茎」が良い。

20世紀少年

浦沢直樹も電子版発売開始、ということで年末読んだ。最初は掲載誌のせいか溢れ出るおじさんへの優しさ成分がしんどかったが、話が進むにつれて20年前の話なのにあまりにも現代とリンクすることが多すぎて時事ネタチックで逆に面白い。万博ばんざい、万博ばんざい。完全版を読んでいるせいで、オチは最初?だったが、原作はオチが違うということを読了後認識して、もとの方ならさもありなん、という感じなのでOKです。

面白いが時間が取れず止まっている枠

日出処の天子

山岸凉子電子版発売開始、かなりの事件だと思う。再読のため購入したが読みきれず。

パトレイバー
チ。

その他、今まで読んでいたものの新刊は一定程度継続的に読んでいる。ジョジョリオン完結?個人的には9部に期待ということでノーコメント。

1巻だけ読んで厳しくて止めた枠

電波の城

・怪獣8号

映画新作

新作をてんで見れておらず正直歯がゆいところもあるのだが、見て良かったものは順に「シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇」、「ノマドランド」、「DUNE」。

シン・エヴァ

これも今年の「Completion」感の少なからぬ要因。自分は一連のシリーズに人生をやられたわけではないが、それでも途方も無いものを見た、という印象。25年がかりの大伽藍を完結させようと思い、それをとにかくやってのける、ということ自体が想像もつかず、纏めてみせたことに畏敬しかない。

SF的なところも、これしかない、みたいな落とし所に結びつける力技も本当にすごい。戦争・エネルギー・宇宙船クルー・方舟のイメージを結んでこんなに綺麗になるんだ、とか。

後は出落ち系のギャグ面もよい。前回の駄洒落にも笑ったが、今回の個人的ベストは量子テレポーテーションする碇ゲンドウ。次点で冒頭パリで出てくるカエルルックリツコ。

また、制作取材の「さようなら、全てのエヴァンゲリオン」も破茶滅茶に良かった。これは本当に強烈な内容で(この人絶対経営とかは別人格でちゃんとやってるっぽいのに)自分の映画の制作になると、文字通り全てをつぎ込んでしまってスケジュールがメタメタになるのだな、というのと、周囲への(悪)影響といい、強烈なものを見た。他人事とは思えない。ともかく25年越しのものにケリをつける、というのは斯くの如しか、という感じ。しかし特筆されるべきは恐るべき過去の知識・経験の蓄積と生みの苦吟の果ての「自分の頭の中だけでは大したことは思いつかない」という台詞の重み。実に良いものを見た。後、蛇足だが合宿のところでエヴァが凧に乗ってくる夢を見た、という雑談が出てきて、最初何を言っているのかわからなかったが、「仮面の忍者赤影」のオマージュをやる、ということか!ということに後で気がついた。(だから庵野も受け答えしていた)

ノマドランド」

どこまで行ってもきつい話だが、それでもなお、光景の美しさはすごい。その合わせ技で良しとしてしまって本当に良いのか、という話はありつつも。

「DUNE」

話はスピリチュアル感満載な上、大して面白くないが、絵がとにかくすごいのがポイント。殺陣は意外と格好良くない。

マトリックス・レザレクションズ」

これは、(過去作への思い入れが強くないからかもだが)これはこれで許容範囲だが、何度も見たくなるほどのものではない。

映画旧作

柳生一族の陰謀」・「魔界転生

今年のベストは千葉真一追悼で見たこれ。いずれも大変良かったが、特に前者が滅茶苦茶面白かった。チャンバラ時代劇、という一言には全く収まりきらない魅力があり、アメリカの名作ギャング映画の日本のカウンターパートと言ってもよいのでは。

赤ひげ

4Kを映画館で見る。本筋は並だが、冒頭すぐの松の構図とか、有名な坂の部分、風鈴の部分など、とにかく絵の尽くがついぞ見たことのないような美しさで、この絵を作る狂気にこちらもあてられそうになる。頭がおかしい。

隠し砦の三悪人

こちらは普通。

異端の鳥

こちらも白黒で絵が美しい系だが話は苛烈。しかしそれ以上のものが果たしてあるか?

夏の嵐

最初はあらすじだけ見るとかなり厳しそう、という印象だったが、腐ってもヴィスコンティということで3月のド繁忙期に見に行き、結果としては悪くなかった。プレ山猫。貴族の家や服の根性の入り方とかがすごくて、本来の見所はそこであったと思われるが、やはり義援金を手にしたフランツの堕落ぶりが良すぎる。特にやりたいことや強い信念があるわけでもない凡夫に対して本当に手厳しくて、聴衆にガスガス刺さって最高である。勿論密告の部分も同様に良いが。しかし「没落」を描かせると、ヴィスコンティ、本当に右に出るものなし、という感じ。

ゴッドファーザー2

なんで今年また見ようと思ったか忘れたが、映画において音楽が微妙だといかに価値が毀損されるか(1との最大の差は音楽)をまざまざと示す傑作。デニーロは良い。

テルマ&ルイーズ

めちゃくちゃ期待しており今年遂に見たのだが、冷静に見るとテルマにやや難があるケースが多い、という印象で意外と入り込めず。ただロードムービー力は高い。

東京ゴッドファーザーズ

クリスマスにNetflixに入っていたので見る。これも大変良い。

蒲田行進曲

年末に流れていたのを見る。これも速度があって存外良い。

音楽

依然コロナ下で実際にイベントが開催できたものは限定的な中、参加できたものはいずれも奇跡のようなタイミングでの開催、かつその位置づけも「節目」を強力に感じさせるものであった。

一つが3月は横浜アリーナ坂本真綾25周年記念「約束はいらない」(この題名を最初に見たとき、感極まる所と恐怖めいたものが混在した気分になったのが思い出される)

で、もう一つがKing Crimsonの(最終)来日ライブ。後者については特にひとかたならぬ所があるので、後ほどだらだら書く。

前者は緊急事態宣言解除直後であり充填率も減らしての開催であり、かつ日頃行かないライブでかなりおっかなびっくりであったが、それでも実際に席について貼ってあるチラシの「私は今日皆さんを幸せにするためにここに来ました」という件を見ると(年季が入っていないにもかかわらず)こみ上げるものがあり、ナウシカに出てくる老兵たちの気持ちが心からわかると感じられるものだった。全体通じて、節目でありながらも総括的な内容だけでなく「現在」の到達点を見せる、という意識を感じさせる内容で大変素晴らしかった。ゲスト曲もきわめて良かった。アレンジ込みでいずれも実に良く、満足度が高い。(土岐麻子とのDown townとは!)しかし本人も難しさに言及していたが、本当に展開が複雑でよく歌えるな…、みたいな曲ばかりなのにこの精度でこの数をこなせる、というのは実に信じがたい。10月に出たDVDの映像も映像面での決め具合が良い意味でライブとは思えぬ仕上がりで出来栄えが異常だった。

さて、King Crimsonだが12月に、”USA”、”Earthbound”に加えて、”The Great Deceiver”をSpotifyでついに配信。長らく配信に載せてこなかったアルバムであり、これ以上望みようのないクリスマスプレゼントであることは間違いないが、その含意も同時に明確であり、寂寞を感じずにはいられない。

 

自分が最初に聞いた彼らのアルバムは「宮殿」だったが、実のところ当時はピンときておらず、次が半ば偶然ながらよりにもよって、この”The Great Deceiver”であったのだった。予備校にいた頃、家で机に向かえない性質のために通っていた最寄りの図書館にたまたま置いてあり、この「奇術師箱」が放つ得体のしれなさに興味を持って手に取ったところ、Disk 1のLTIA2で頭を殴られるが如き衝撃を受けた、というのを端緒として、趣味嗜好への決定的な影響を受けることとなった。もちろん言うまでもなくブックレットのCrossのインタビューなどコンテンツが充実していたのも大きい。

こんな人は後にも先にも相当いないのでは、と思う。何も知らぬ最初の出会いとして、これ以上のものが今後望めぬ最高の内容から入門してしまう、というのは幸運なのか不運なのか正直分からず、今でも善悪不明である。ただ、変容的な経験であったのは間違いがない。その後多少他のプログレも聞くようになったが、King Crimsonだけは意識の中で別の枠に分けている所がある。

そんなKing Crimsonだが現行のトリプルドラムになって以降三度目の来日を発表。しかも公演前からTony Levinらがこれが事実上Crimsonの歴史上最後のライブとなるだろう、ということを仄めかす中、コロナで開催も危ぶまれた訳だが、公演も奇跡的に感染者数増加の谷間に収まった格好で11月と12月に開催となった。

プログレの神に感謝しつつ、初日の東京国際フォーラム、立川ステージガーデン、最終日のオーチャードホールに参加。18年と異なり、直前に出たライブ盤を見るにもセットリスト的にも大盤振る舞い、実際に聞いても現在の総決算的な色が見え、流石に厳粛な気持ちにならざるを得ない。

初日の東京国際フォーラムは、席が微妙だったのにも関わらず音が大変良くて驚く。基本的に大体泣いていたが、18年は”One more red nightmare”を聞けておらず、今回聞いたら原曲よりも良かったので驚く。この日はこれと”Level five”が良かった印象。

12月5日の立川は、場所的には隅で国際フォーラムよりもいまいちな席だったが、その割にはよく聞けた。ただ、Crimsonのような座って2h聞くようなライブは想定していないのか、椅子の作りが兎に角チープで終盤はかなり腰へのダメージがでかかった。

中身としては、参加する残り2日で聞きたいと思っていたうちの1つである”discipline”を聞けて大満足、となるはずだったのだが、まさかのFrippの機材トラブルで破綻。しかし悔いが残るからか、アンコールで追加で再トライしてくれる、というサービス精神(これも驚きであるが)で、今度はしっかり決めてくるという所まで、大変粋であった。

(Zabadakみたいだな、とか不謹慎なことを思っていたら、ご本人が言及されていたので汗顔の至りであった)

追加公演前の移動日文のTony Levin's diaryは流石に涙なしには見れなかった。"Photos of Ghosts"じゃん、とか冗談を言う気にもなれないぐらい。

そして、最終日、12/8のオーチャードホール。席は列的には会場中央ど真ん中、Jeremyま正面みたいな感じで写真にうってつけだったが、目の前に巨大な人がいるという不運ぶり。つくづくここ一番の運がない。なお、後で認識したが、パッパラー河合氏が付近にいた?模様。

中身としては18年に聞けておらず、こちらも個人的に急上昇中であることから、今回文字通りの最後のチャンスでなんとしても聞きたかった"The ConstruKction of Light"も出だしから聞けて大変喜ばしい。この時点で既に落涙。そして1部最後のSchizoid manでのGavin Harrison渾身のドラム、本当に格好良かった。あとは途中で舞台Fripp側に偶然なのか、紙吹雪のようなものが上から1枚程度落ちてきていたのだが、それが照明を受けてひどく奇跡的だった。とても現実とは思えない光景だった。

2部が"Indiscipline”で終わって残すは"Starless"のみか、と思いきや、まさかの"LTIA2"!本当に予定調和に堕することを最後までよしとしないのだな、と嬉しくなってしまった。"Starless"はその後にしっかりやっていたが。

そして最終日のTony Levin's diary。サムネの写真がすべて。感無量で、言葉もない。

そして、セトリの"The way to completion"(今回の日記の冒頭はここからの引用)、そして、これだけで終わらず"The way to a new beginning"とは。

常にFrippの下恐るべき信念をもって決して同じところに留まらず変化し続け、かつ強度を持った内容を残してきたKing Crimsonだが、現在までのトリプルドラム体制も間違いなく一つの極致であったと感じる。これを経験することができて、本当に幸運と思う。また、(外部環境に依る所大であったとも思うが)最後のライブを日本で開催する、という英断とそれを実現してくれたことにも感謝しかない。そして今までのすべてにも。

tonylevin.com

tonylevin.com

という訳で、上述の通りの状況である今年を象徴する冗句を思いついたので記載しておくと、「スターレスプラチナ」となるだろうか。

(言わずもがなの某スタンド名だけでは勿論なく、プラチナの「きっと、驚くぐらい」の部分のベースって、”starless”の最終パートのWettonベースと存外似てないか、というか(調を別にして)置き換え可能では、という思いつきから出てきたもの)

展覧会

今年は全然行かなかった。石岡瑛子展とかゴッホ展とか興味を引くものはあったのだが、コロナを経て並ぶのにいつのまにか抵抗を覚えるようになっていた。もともと全く気にならない質だったのだが。

北斎づくし

これは予想外に存外。

ベルセルク

これは最初悩んだのだが、嬉しい驚きというか行った甲斐があった。滅茶苦茶原画も多く、かつ間近で見れる大変得難い機会であった。というか消費者サイドだと喜んでいればよいのだが、漫画家志願の人とかこれを見てモチベーションを保ち続けられる、というのはやはり並外れた精神力だなと感服する。

庵野秀明

これも最初悩んだのだが、蓋を開けると衝撃的な内容の濃さ。本年ベスト。まず本人の作品に入る前の特撮エリアが豪華すぎて、子供の頃から図鑑を読み漁り、ビデオを繰り返し見てきた人間には夢の空間すぎる。2.5時間ぐらい滞在していたが、普通に1.5時間ぐらいここでの展示品(写真も取り放題という信じがたい状況)や流れる動画に浸かり切りであった。

勿論、その後の本人の制作物の展示も大変良い。特に「帰ってきたウルトラマン」がすごすぎてもう。後は有名な「じょうぶなタイヤ」とか。

なんか本格的な仕事に入る前のもののほうが個人的にはむしろ面白かった、とはいいつつも、数々の原画、企画書などこれでもかという怒涛の内容でファンであればあるほど抜けられんのだろうな、とか。後は第三村のミニチュア(この頃には時間切れ気味でせっかく実物が置いてあるのに時間をかけて見られなかったが)や島倉二千六の空、など最後まで全く落ちない熱量の恐ろしい展覧会だった。

ゲーム

ほぼできていない。サガフロをレッド版のみクリア。超面白いのだが、これをやっててよいのだろうか的な声が聞こえて途中でやめ。後はSwitch Onlineでマリオカート64を少し嗜んだぐらい。2021年はなかなか落ち着いてゲームできず悲しい。メトロイドドレッドとか女神転生とか面白そうなソフトがいくらでも出ているし、インディーズにも最近関心がわき始めたのだが。死ぬまでにspiritfarerはやります。

一方で、RTAinJapanは依然夏、冬とも楽しんで見ている。夏はcupheadとペプシマンバトルガレッガが特に良かった。冬はマリオ64目隠し、スーパードンキーコング3ドラクエ3が特に良かった。

その他

めでたい話としては、結婚式に久方ぶりに出た。良い式であった。

後、知人とX年ぶりに勉強会をすることになった。有り難いことである。(電子)本棚の肥やしであったNielsen-Chuang読みが開始。まあ速度はゆったりと、だけど今年も継続できれば。

後は加齢の影響を感じる出来事があったので、脳の劣化を止めるのと根拠のない慢心を防ぐために2022年はちゃんと計算練習をしようと思った。2022年1月現在、取り敢えずリハビリで以下の問題をセコセコと解いている。本として好きなのは竹村「現代数理統計学」なのだが、たくさん問題があって解答も整備されているのが良い。

後、2021年は諸事情で月2ぐらいの頻度で、諸外国の研究者や役人がフォーマルにしゃべる、参加人数の多くない会議を聞く機会があったが、いわゆる一般的な意味でエリートであると思しき彼らも、別に死ぬほど流暢な英語でかつ意味深いことを言っている訳でもない(普通に癖も多分にあるし、中身も普通に間違いを含む)ことを認識した。

*7

やはり英語が(そんな難しい単語は使わずに)できるのと、詰まらずに自信満々に言う、のとアクセントを正しくする、という点がきわめて大事ということを理解した。

悲しいかな、喋れないというのはその場にいないのと同じなので、英語がわからないというのはビハインドであると言わざるを得ない。(しかし、こういうことって大学院で学会に出て、学生の内に学ぶことなのでは?つくづく帳尻の合わない人生である)

 

*1:(2022/1/10追記)まとめて書いたら怒涛の12000字オーバーになった上、ECサイトか、ぐらいの長い記事になったので、今後は可読性も考えてこまめな更新を心がけようと反省した。

*2:厳密には元近傍の研究室の方で移籍に伴い相互作用が発生した、的な所なので全くの外部ではないが

*3:ので調子づいて無駄に景気のよい事を言って呆れられた。会社に入って悪い意味での軽薄さに拍車がかかった嫌いがあるが、その割に「社会」での必要分には足りていないので始末が悪い

*4:意味があるかはともかく一応伏せておく

*5:学生の頃は授業を聞いてわかった例がなく、基本的に教科書を読むことでしか勉強できなかったので

*6:危険球では、とか思いつつ

*7:いや、そんなこと学生の頃からわかっていたでしょ、という感じだと思うが、学会など超本質重視の極限の場だけでないある程度フォーマルな所でもそうなのだな、ということを認識した。

2020年の思い出

2020年はコロナを筆頭に外部環境が目まぐるしく変化し、それにまごつき戸惑う中で、あっという間に過ぎてしまったという印象の一年であった。

研究に関しては、年も終わりが見えつつある11月頃に、立て続けに論文の採択が発表されたが、土壇場の状況変化により急遽様々な対応(というか要はD論執筆だが)に追われる激動の日々となった。繁忙期と重なって11月から12月中旬はかなり厳しかった。とはいえまだ何も決まっておらず、年明け以降が正念場だが。

一方で上記の話は、中身の本質的な部分は昨年までに一段落しているものであり、その意味で新しいネタに本来取り組むべきなのだが、それについては(面白げな話に触りつつも)腰を据えて当たれておらず反省が多い。永瀬王座が将棋世界かWebかのインタビューで、「コロナ禍下の緊急事態宣言下でどう将棋に取り組むかで、終わった後に絶対に人ごとに大きな差がつくと思ったので必死に取り組んだ」みたいなことを言っていたと思うが、その意味では正しく駄目な側のお手本のようであった。

昨年の総括で取り上げた話題で言えば、映画については世相の影響もあって外出機会が減ったので全然見れていない。

新作では4月頃にオンラインで見た「ホドロフスキーのサイコマジック」は良かった。(どうも精神的に参っていると、この類のものに弱くなる傾向がある)

昨年期待していた「ミッドサマー」は作り手の性格の悪さと賢さが遺憾なく発揮された良いものと感じたが、その後見た「へレディティ」の方が全体的には綺麗で好みであった。

鳴り物入りの「TENET」は、時間あたりの情報密度がとにかく多く、脳へのジャンク投入、という観点では良かった(終了後に自分で時系列を書き下して答え合わせをしてしまった)が、何度でも見たい、という類の作品かは微妙。

どうでも良いが、予告で洋上風力発電をクローズしていて、それで題名が「TENET」というのも、洒落のつもりがあるのか、と気にしていた(一部では、本当にそうだ、という向きもあったが)が、特に本編では当然ながらメンションはなかった。

旧作込みでは一番よかったのは、20年以上ぶりに映画館で見た「もののけ姫」だった。小学生のときに映画館で直接見た最初のジブリ映画であり、かつメイキングの「もののけ姫はこうしてうまれた」がものを作るということの一つの極限という感じで凄すぎる内容(TVで放映していたのを子供の頃に見たが、森繁久彌美輪明宏が、こうしてほしい、という要望を宮崎駿から受けると忽ちまさしく变化するように演技を変えていく、しかもそこで終わりとならずにさらなる試行錯誤を重ねて化けていくところや、スタッフの苦悩が滲む件をはじめ、今でも様々な場面が想起される)で強い印象を受けた作品であったが、そのバイアスを抜きにしても手合違いと感じた。冒頭から音と絵の実力に圧倒されてそちらに意識を持っていかれるがために、話の本筋をリアルタイムで追うために意識をそちらに向けるのに難儀するようなアニメが果たしてどれだけあるか。

後は、8月に見た「ゆきゆきて神軍」はひたすら圧巻だった。今年初めて見たもので最も見てよかったのはこれかもしれない。百聞は一見に如かず。メイキングの本も読んでしまった。

その他は恵比寿で「8 1/2」など見るがピンと来ず。(本当はアマルコルドが見たかったが予定が合わせきれず見れなかった)

 

ゲームについては、昨年投稿した論文が(分野の通例ということだが)半年たって漸く音信あり、その後Reviseしてもなしのつぶて、みたいな状況だったので不貞腐れていたところに、突如降ってきたSwitch Onlineへのスーパードンキーコング3部作の投入が大事件であった。という訳で箍が外れたが如く、夏から秋にかけてせっせと1,2をクリアしていた。特に2は初めてやったが、難易度調整が(1の比ではないにもかかわらず)実に絶妙で、一つのステージで30回-50回ぐらい死んでいるとプレイヤーの操作レベルが上ってできるようになる、という仕組みで(研究や仕事では容易に得られない達成感へ久しぶりにアクセスでき)とても感動した。イギリスの宝ことDavid wiseの音楽については言うまでもない。(自分は1の「ふぶきの谷」のBGMはじめ、FisherのBGMもかなり好きだが)

後一連の過程の中で、スーパードンキーコングRTAの動画を頻繁に見ることになり、それを通じて(自分ではやらないながらも)RTAという分野にアクセスすることができたのが嬉しいことであった。ドンキーコングに限らず、さまざまな分野の動画を見る機会ができたが、いずれもまさに人類の可能性を切り拓いている、という趣で、苦労や技芸が詳細に分かるわけではないが、非常に心動かされるものがある。(ここに来て漸く「観る将」の気持ちとされるものが分かった気分になった)

年末もRTA in Japanのオンライン放送のお陰でとても充実した気持ちで年を超すことができた。(シャーロック・ホームズ、ファイナルソード、クロックタワートリロジー、ダークソウルリマスター、朧村正、マリオランドトリロジー、新旧ゼルダなどエンジョイしてしまった。)

 

音楽は、イベントはほぼ参加せず。1月に中野サンプラザに"CHRONO CROSS 20th Anniversary Live"を聞きに行ったぐらい。アレンジで化けるものもあり(「世界のへそ」など)想像の5億倍プログレであった。 

しかしはや21年、ということで今年こそCrimsonが来る予定のはずだったのだが…早くコロナが収まることを願いたい。後は今年の3月こそ、だろうか。

 

長くなりすぎて疲れたので、本と漫画については、列挙するに留める。

去年読んだもののうち、特に良かったものは、「ブルシット・ジョブ」、「社会科学のためのベイズ統計モデリング」、「藤井猛全局集」、「新型コロナからいのちを守れ!」

良かったものは、「箱男」、「一日一つだけ強くなる」、「マックス・ウェーバー」、「証言 羽生世代」、「はじめてのスピノザ」、「竹中平蔵 市場と権力」、「ワークマン式「しない経営」「ドキュメント ゆきゆきて神軍

、まあまあだったのは「自発的隷従論」、「現代将棋を読み解く7つの理論」、「未来の医療年表」

しかし、全体通じて量も質も自分は本当にしっかりした本が読めなくなってるのだな、と落胆する。

 漫画で良かったのは「数字であそぼ。」(これは本当にすごい。「動物のお医者さん」の再来)、「おむすびの転がる街」、「きりひと讃歌」(主人公の同僚が人ごとに見えないのと、顔芸が印象深い)、「風の谷のナウシカ」(通読して、あまりの重さに疲れ果てた)。

悲しいことに自分が昨年一生懸命読み始め、非常に面白く読んでいた「アクタージュ」はなくなってしまったので、今後継続して読むものがあるとよいのだが。後は時事ネタだと「鬼滅の刃」は最初4巻ぐらいまで読んで「言われているほど面白がれないな…」とか思っていたが、その後あまりに身の回りでも話が出るようになったので読み直して18巻ぐらいまで読んで置いてある。最初の頃はネーム一発でどこまで運ぶか、みたいな節もあり、割と変わり種的な立ち位置の話だと思っていた(大筋はありがちなので、そういった目新しさが売りか?と思った)が、途中から普通のキャラドリヴンのよくある漫画みたいになって分かりやすくなった(よくある面白い漫画になって、世の中的に受容しやすくなった)、という印象。表紙がその象徴か(最初の頃は表紙が常に主人公と別のキャラ2体となっていたりして、関係性を推す意図かもだがそういったものをあまり見ない印象だったが、その後は表紙は単独のキャラのみになってありがちになった)

 その他、「旅行」タグをつけているが、2月(!)にヨーロッパに行く機会があった。正しく行けるか否かの瀬戸際、という所で行くことになった、という所であり、詳細は略だが、珍しく時間に余裕がある旅程であった(とはいえ飛行機が強風で飛べなくなって結果急遽12時間鉄道に乗る羽目になったりアクシデントとは未だに縁が切れないのだが。スキポールでは以前もトラブルに見舞われており、実に相性が悪いと言わざるを得ない)。

中でもオランダでは様々な良い経験ができ、オフの部分ではとりわけConcertgebouwに行くことができたのは("The Night Watch"の聖地巡礼的な意味でも)得難い機会だった。(イギリスでもHyde Parkにニアミスだったが、こちらは横目で見るに終わる。)音響はド素人の自分でも、安い席にもかかわらず、音の耳への入り方がまるで異なるように感じられるものであった。その他、フェルメールについての自己認識(解像度)がかなり改善された。 

後はラジオを聞くようになったのが多少なりの変化か。

 

 

 

 

社会科学のための ベイズ統計モデリング (統計ライブラリー )

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藤井猛全局集 竜王獲得まで

藤井猛全局集 竜王獲得まで

 

 

 

 

 

箱男 (新潮文庫)

箱男 (新潮文庫)

 

 

 

1日ひとつだけ、強くなる。

1日ひとつだけ、強くなる。

 

 

 

 

 

証言 羽生世代 (講談社現代新書)

証言 羽生世代 (講談社現代新書)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドキュメント ゆきゆきて、神軍[増補版]
 

 

 

自発的隷従論 (ちくま学芸文庫)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

おむすびの転がる町 (楽園コミックス)

おむすびの転がる町 (楽園コミックス)

 

 

風の谷のナウシカ 全7巻セット

風の谷のナウシカ 全7巻セット

  • メディア: セット買い
 

藤井棋聖誕生(と、歴史的偉業を手放しで喜べない自身の憂鬱)

世の中も、自分の周辺も激動の二週間であった。

その最たるものが7/16の藤井棋聖誕生。正直戦前は3-1で奪取、というシナリオは微塵も考えていなかった。自分はしょうもない話のせいで、リアルタイムでの観戦はできなかったのだが、間違いなく歴史に残る瞬間だろう。

しかし、棋譜や投了近辺の録画映像(渡辺二冠がカメラ側に顔を向けて息を吐く箇所があるのだが、あまりの精気のなさに、あたかもエクトプラズムが抜け出すようにさえ見えた。およそ見たことがない表情であり、かなりショックを受けた。)やその日のうちに更新された渡辺ブログ、など色々見て、率直に言えば深い疲労感と、今後数年で自分のプロ棋界への興味が減衰してしまうのでないか、というこれまでにない不安を覚えた。

コロナというイレギュラーがあったこと等の外部環境の影響は無視できないといえども、明らかに棋界1,2を争う水準の渡辺二冠に対して17歳時点でこのような、内容で圧倒する将棋が指せてしまうという事実、更に言えば今後も藤井棋聖の棋力は上昇カーブに乗って向上し続けるだろうことなどを思うと、一強時代が早晩訪れることはおよそ間違いないのではないか。

更に言えば、同世代「ライバル」(羽生九段に対する佐藤九段、森内九段)の不在と、ソフトにより戦法の収斂が進んだ状況(要は△8五飛を極めて名人に就いた丸山九段、藤井システム竜王に就いた藤井猛九段のような、イノベーションをもってして一躍スターダムに躍り出るようなプレーヤーがきわめて出づらい)などが、一層きわだった独占状態を作り出すことは想像に難くない。

現状で分の悪い豊島竜王名人とも、13歳差と谷川九段-羽生九段の年齢差より大きいことを踏まえれば、向こう6,7年すれば全盛期を過ぎた豊島竜王名人と全盛期の藤井の対戦成績は偏る方向に移る、というのは(フィジカルベースのみで言えば)自然な予想だろう。

もちろんこれらの予想は、事実のみに基づくもので、ある種「暗黙の了解」であった訳であり、「いつ」それが明らかになるか、という点が問題だったのだが、高校生という身分が藤井棋聖に与えていた時間的制約による棋力へのリミッタがコロナの結果外され、予想を超える速さで成長が進んでしまった、という結果が今回の全てかと思う。(書いていて思うが、SFのような筋書きである)

その結果、これまでのようなお気楽パヤパヤの、「若武者が王者に挑む」ようなストーリーが一瞬で超越されてしまい、今後下手をすると、シドが参入した後のFFTのような「粛々」、としか言いようのない状況が作られる可能性が高いのではないか、という予想が個人的にはある。そのときにプロ将棋の「勝負」という側面をどこまで楽しめるのか、自分の中の疑問が拭えずにいる。

個別の棋譜はある程度楽しめることを期待しているが、一方で、正直いえば、その「楽しめる」というところも(ソフトによる研究やそのフォローをもはや自分で実行できておらず、ブラックボックス化しているがために、「結論」を知らないという)自分の無知によるところが大きい、と感じられること、また、渡辺二冠が現時点で、藤井打破の手段が第三局のような事前研究を極めた状況でレールに乗せる手段しか思いつかない、といったことを言っていることも疲労感を強めるものである。

要は過去の森内-羽生の▲7四歩で終わった名人戦第2局のようなものを求めていくほか、勝負としての面白みがないという時代がもし本当に実現してしまったら、一介の素人には楽しむべき要素はどこになるのであろうか…?

個人的には、29連勝あたりから、藤井棋聖を「(従来の)プロ将棋をいずれ終わらせる役割の人」と半分冗談で呼んできたのだが、どうも(セルに完全体への移行を促したベジータ並みに)認識が甘々だったというか、本当にそういうシチュエーションすら見えてきた、と感じざるを得ない。どのように将棋を「楽しむ」か、という点の転換が、ここ数年棋戦中継を見るだけの安易な将棋ファンであった自分にも求められつつある、という気がしている。

 

 

追記

たまたま▲7四歩の話を引き合いに出したら、今話題沸騰の森内チャンネルでちょうど裏話をやっていたので、偶然に驚きつつ、リンクだけ貼っておく。

https://www.youtube.com/watch?v=_N44jOUNUR4&feature=youtu.be

この一局の重みを考えるとインパクトがある話で、確かに色々目が慣れてきた現代だから言える、という感もある。しかし驚いたのは事実。(が、個人的には全く悪印象などはない)

その後の名人戦の△3七銀もそうだが、やはり大舞台だからこそ、技術が既存の枠組みに与える変化が、ある種極まった形で顕在化してくるような印象を受ける。

最後の電王戦でも棋士とAIの間で出てくるような様々な論点が、非常に研ぎ澄まされた形で出てきたことが印象深いが、それと同様の現象と感じた。

2019年の思い出

長すぎる空白の時期であったが、また記録をつけねばと思う。何よりも自分のため。このままだと本当に、日々の記憶があやふやのまま、波に溶けて流されてしまいそう。

後々もう少し詳しく振り返りたくあるが、2019年は(本題の)研究云々も実務・生活関連も荒廃した実り乏しいものであった。当たり前だが、論文はたとえ草稿を書いても雑誌に掲載されるまでは電子空間の塵なのである(Kitaevとかの特例は除く)。それと裏腹に、現実逃避として摂取した各種コンテンツ群は異様に出来が良く、インプット側は非常に満足いくものだった。

前者はここに詳しく書くのは憚られるので、いつも通り後者について書く。

 

特に映画関連は夏頃から下期と今年1月にかけて、新作がおよそ信じられない充実ぶりで、にわかにもかかわらず、アカデミー賞に興味津々状態になってしまった。映画館で見たのは見た順に「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」、「ジョーカー」、「パラサイト」、「ジョジョ・ラビット」で、Netflxでは「マリッジ・ストーリー」、「アイリッシュマン」(これは昨日ようやくまとまった時間をとって見た)。

いずれ劣らぬ、というかウルトラハイレベルな作品ばかりで、色々言いたいことはあるのだが、個人的なベスト級は「ジョーカー」と「ジョジョ・ラビット」(特に後者は趣味嗜好に完全に直撃する形で心奪われた)。どちらも、普遍的なテーマを奇想と力技で捌いて見せ、それでいて随所に神経の行き届いた企みと俳優の力により没入させられ、随所で強く感情を揺さぶられる、素晴らしい出来栄えのものであった。

しかしこの2作品、「人は自由の喜びを踊りで表す」ということを(各映画のテーマ直撃で)ラストに持ってきて、しかもその描き方がきわめて強い余韻を残すわけだが、それでありながらこれ程までに間逆な印象を与えるのも珍しい、というか。面白い偶然と感じる。

その他旧作では、「日本のいちばん長い日」、「東京裁判」、「ベニスに死す」、「サタンタンゴ」を見る機会があり、これらもきわめて良かった。(全部アホみたいに長いものばかりだが)

 

ゲームについては、夏ごろの激鬱モードにかまけて積年の思い煩いであった「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」に再着手し、秋頃に漸くクリアした(その後忙しくなったので追加部分は手を付けず)。これについては、(この作品に関わった人たちに対して)本当に生まれてきてくれてありがとう、という言葉以外で語れる感想はない。

その他はメタルギアソリッドシリーズの動画をちまちま見て、ストーリー部分を通り一遍消化した。これも大変良いものであった。1,2,5が特に気に入った。

 

音楽で言えば、9月に六本木で見たMAGMAと11月に羽田のProgFlightで見たKIYOSENが衝撃的であった。特に毎年驚異を提供される後者のイベントではあるが、まさしく規格外のドラムを目の当たりにすることになった。

 

本に関しては全く読む時間が行かず、もはや神保町の地縛霊というか、本屋を介してお布施をする機械と化しているところ。わずかばかり通読したものの中で特に良かったものは「誰のために法は生まれた」、「忖度と官僚の政治学」、「バレリーナ 踊り続ける理由」、「少年の名はジルベール」、「不道徳的倫理学講義」、「ゲーム音楽ディスクガイド」、「『集合と位相』をなぜ学ぶのか」(順不同)。

まあまあ、なものとしては、「岩田さん」、「風姿花伝」、「驚異の量子コンピュータ」、「セロトニン」。

 

漫画については継続して読んでいるものばかりで職場でも古いマンガばかり読んでいるというので、もの笑いになったぐらいなところ。新しく読み始めたものでは「アクタージュ」が大層面白い(実に今様な、見得はあるが汗はないスポ根)。しかし、舞台編になってから完全に化けたという感じな一方、どこまでこの熱量を継続できるのか、というのが不安になるぐらいには面白い。後は読みさしだが、「戦争は女の顔をしていない」がこれまた凄い。その他昨年書いたか忘れたが、panpanyaの「グヤバノ・ホリデー」もまあまあ良かった(旧作よりもマイルド感があるが)。その他「ハーモニー」も読了。印象が悪いとまではいかなかったが、図抜けた衝撃はないと感じる。

後、もともと読んでいたものでは、「少女ファイト」と「3月のライオン」が急激に盛り返した、というか見違えて面白くなった(正直このまま減衰していくと踏んでいたので、不明を恥じる所)。やはりこうでなくては面白くない。

 

 

誰のために法は生まれた

誰のために法は生まれた

  • 作者:木庭 顕
  • 発売日: 2018/07/25
  • メディア: 単行本
 
忖度と官僚制の政治学

忖度と官僚制の政治学

  • 発売日: 2018/12/20
  • メディア: Kindle
 
バレリーナ 踊り続ける理由 (河出文庫)

バレリーナ 踊り続ける理由 (河出文庫)

  • 作者:吉田都
  • 発売日: 2019/07/05
  • メディア: 文庫
 
少年の名はジルベール (小学館文庫)

少年の名はジルベール (小学館文庫)

 
「集合と位相」をなぜ学ぶのか ― 数学の基礎として根づくまでの歴史

「集合と位相」をなぜ学ぶのか ― 数学の基礎として根づくまでの歴史

  • 作者:藤田 博司
  • 発売日: 2018/03/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
風姿花伝 (岩波文庫)

風姿花伝 (岩波文庫)

  • 作者:世阿弥
  • 発売日: 1958/10/25
  • メディア: 文庫
 
セロトニン

セロトニン

 
戦争は女の顔をしていない 1

戦争は女の顔をしていない 1

 
グヤバノ・ホリデー

グヤバノ・ホリデー

  • 作者:panpanya
  • 発売日: 2019/01/31
  • メディア: コミック
 
ハーモニー(1) (角川コミックス・エース)

ハーモニー(1) (角川コミックス・エース)

 

くなったので、年明け以降のあれこれはまた別の機会に。

 

 

2019.05.21-26

ろくでもない予定の組まれ方をしているので、良い天気なのに溜まるフラストレーション。ストレス解消に読めもしない本をしこたま買い込んでいる。

ローソンのマチカフェで、何も考えず手にとった「窯焼ポテト」が文字通りの「まるごとスイートポテト」で、食べていて恐ろしいほどの満足感。ただ、間食には結構なお値段なので次にいつ食べるかは不明。

日曜日に立川まで「ゴッドファーザー」見に行く。完璧。前よりも細かい所に成程、と思いながら見れた気がする。

 

2019.05.20

早めに起きてノート送付後、朝から懸念と対峙するなど。

その後は外出。いつもと経路が異なり、昼にたまたま目にして美味そうだった「海苔弁 山登り」の弁当を買ってみる。(今回は「海」を選ぶ)ボリューム的にご飯がもっと多いとなおよし、という点はあるものの、大変美味しくて満足。

本題は大過なく終わったので、珍しく気分良く帰って家のことをやったり「官僚と忖度の政治学」を読むなど。

2019.05.19

昨日の反省で早起きして、活動を始める。午前中をそこそこ使えたので満足。

午後は昨日手に入れたタダ券を早速活用。プリンアラモード味のを試すが、流石に甘すぎる感がある。

ペロブスカイトがロシア人の名前にちなんだものであることを認識するなどした。