素粒子

再読。シニカルな語り口の切れっぷりと言い、内容と言い素晴らしい(初読時は恥ずかしいことに問題意識がぴんときていなかった)。若さと放埒の消費(と搾取)のみが求められる時代と、それがもたらす肉体の有限性への恐怖や絶対的な虚無と孤独から逃れられぬ、人間の卑小さとその先。絶望的状況を容赦なく描いて見せ、最後の最後にそのどうしようもなさからの飛翔へとんでもない力技で持っていく(絶望の強さゆえにそれ以外の手がない)、という点は大島弓子に通づる物がある気もしたり。まさに「人類に捧げられる」べき名著。

素粒子 (ちくま文庫)

素粒子 (ちくま文庫)

ある島の可能性

年末に「素粒子」も読みなおして、準備万端で年初に読んだ。相変わらず表現は切れるし、かなり紙幅を割いている新興宗教の部分(特に復活の演出)とか面白い所もあるのだが、最後が何やら小さくまとめにかかってしまって、ダニエル1のあれだけの悲惨さ(そしてその不可避さ)に対置するのがこれではちょっと…という感じ。

ある島の可能性

ある島の可能性

完全なるチェス

元チェス世界チャンピオンのボビー・フィッシャーの伝記。才気煥発な少年時代から、ソ連グランドマスターとの対決と世界チャンプの栄冠の獲得、そしてその後の人生まで、その波瀾万丈ぶりにはただ衝撃を受ける他ない。まさに(少なくともチェスへの態度や、諸々の発言について)ブレーキを全く踏まず、かなりどうかと思われるような振る舞いとかもしている点と、盤上でのとてつもない強さ(そしてそれがチェスプレイヤーを捉えて離さない)の同居という、フィッシャーの(チェスプレイヤーにとって複雑な気持ちにさせられる)人間性が強く表れていると感じさせられる(もちろんフィッシャーに起こったことが、全てフィッシャーの性質に帰着されるわけではないのだが)。
際立った盤上での強さ、まさに「戦争」と呼ぶしかないソ連プレイヤーとの対決(そして10番先取という過酷な試合形式が提案される所)、一度表舞台から退場して再び実力健在な所を見せる所、対局の際の身だしなみなどに頓着ない所など、真剣師小池重明を思い出したり(もっとも記録などを読んだ限りだとフィッシャーのほうが遥かに攻撃的・自己顕示的という印象を受けるが)。後はチェスさえも冷戦のムードを帯びずにはいられない時代背景(そしてそれがプレイヤーを単にプレイヤーだけでいられなくさせていく様)が印象深い。数学のペレルマンのエピソードとかでもあったと思うが、ソ連のこうした知的なものへの国家的な力の入れようと、それ故のプレイヤー側の勝つことと自由の直結性はすさまじいものがある。
晩年日本に一時滞留した頃の話は全然把握できていなかったので、今回これを読んではじめて知った点も多かった。これを読んだ限りだともう少し日本としてもやりようがあったのでないかという気はするが。

完全なるチェス―天才ボビー・フィッシャーの生涯

完全なるチェス―天才ボビー・フィッシャーの生涯