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2016.04.10

昨日ふと過去の自分の日記を(学部から大学院辺り)見返して、かなりショックを受けた。
まず、まともに意味を通ずる文章が全く書けていない。何だか思わせぶり風(それでいて中身はなし)な所を抜いても、意味のスムーズな読み取りが困難でストレスを覚える。あと(これは今も治っていない悪癖だが)文章がやたら長いのと、複数の話題が交じるので可読性がきわめて低い。

で、こちらが本題だが、特に大学院の頃の自分が、自らの美化された記憶よりも遥かに勉強不足なことに大変がっかりした。
(美化された記憶のもとの)当時についての主な反省は、注意力散漫というか、勉強の最初の段階の楽しさばかりにかまけて浅瀬でパチャパチャ的な所ばかりをやって、首尾一貫して何かをやり切る能力が不足していたこと(要は真剣味とも言える)か、と考えていたが、話はもっと単純で、明らかに物量が足りていないことが明らかとなった。
つまり、これまでの誤解では、いわば領域の幅ばかり広く取って、真剣に深く突き詰めなかったのが問題、時間を扁平に使うべきでない、という認識だったのだが、そもそも深さとか言い出す以前にまるで何もしていなかった。ほぼ皆無。
昨日は同時に当時の巡回ブログ等も見たりした(どれだけ暇なのか、というのはさておいて)のもこれまたいい具合に比較対象と相成って、もう澄み渡るほどに明らか。

まったく何だったのか。