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電王戦第五局

日記 将棋

午後から終局まで釘付けだった。ponanza側に特に従来の人間の常識の範疇ではとても指しきれない手(△1六香からの終盤で大駒1枚を捕獲するために持ち駒を僻地に3枚も投入する手順や、王手をかけて玉を下から追い、手順に上部への脱出を許す△7九銀など)がいくつも出たため、そちらの印象ばかりが際立ってしまうが、屋敷九段の非常に安定した戦いぶり(特に時間の使い方は非常に巧みで、終盤でponanzaよりも時間が多く残るようにしていた所など、竜王戦での渡辺流を思わせる手練ぶりで、対策の綿密さが伺えた)と、最終盤の誤算を除いての精度の高さはほんとうに素晴らしい物だった。将棋の内容は技術的にも、かつ人間とCOMの違いが鮮烈に表れたという意味でも電王戦の大将戦にふさわしい最高クラスのものであったと思う。

一方で、今回の電王戦は全体として個人的には残念なもの、勿体無いものという印象を受けている。一言で言ってしまえば、その大きな要因は将棋界(ここでは特に連盟側を指す)の、この一年間での(コンピュータ将棋それ自体、そしてそれに関連しての将棋界への注目の集まり、といったものに対しての態度の)進歩の無さだといえる。
コンピュータ将棋はこの一年で技術的に更に進化を遂げてきている。第一局で習甦が若手トップクラスの(そして今回の電王戦で勝利を強く見込まれていたであろう)菅井五段に対して自然な差し回しで快勝を収め、昨年阿部四段に喫した完敗の雪辱を果たした(この結果習甦の開発者の竹内氏は今回のMVPを獲得した)ことは非常に象徴的である。
また、昨年の電王戦の注目を受けて、従来将棋界とそれ程関わりがなかった(これは個人的な印象なのでもしかすると間違いかもしれないが)デンソーが、将棋の駒操作を行うロボット「電王手くん」を提供する、という素晴らしい試み(これは単にスポンサーになったというだけでなく、デンソーがその技術を持って作成したロボットを提供したということが、電王戦の本来の人間とコンピュータの対置(対立ではない)という本質を鮮やかに可視化することに成功しているためということが非常に重要だといえる。もっともこれも第3回だから出来たことで、おそらく公式の場でのプロ初敗北のかかった昨年の電王戦では、絵柄の強烈さのためにプロ側からまず受け入れられなかったであろう。)もあり、昨年の人間とCOMの対戦を契機に将棋界が「前に」進む可能性がおぼろげに見えたように感じられた。
しかし、連盟側が今回電王戦に提供したもので、昨年のものから明らかに「前へ」進んだものは、殆どなかったといえる(強いて言えばメンバーは若干強化されているものの、昨年度のGPS将棋ー三浦戦の結果と、全体の結果を見た時にこの強化が十分なものであるかというと、微妙なものと言わざるを得ない)。それどころか、第二局のような騒動(理事をはじめとした対応の拙さといい、「冷水をかける」という表現がここまでふさわしいものも珍しい)をやってのけて平気でいる有様である。
コンピュータ将棋がなぜ現在まで研究者やソフト開発者に興味を持たれる領域なのか、そして「現在」、なぜ電王戦が開催にいたり、継続できているのか、どうしてこれ程までに興味を持って見られているのか、コンピュータ将棋の現状の実力、そしてそれを踏まえて棋士はどのようなことを考えていくべきか、といった問題に対して、上記の開発者の方々はそれぞれの立場から、昨年を踏まえての「現在の解答」を提示しているように見えるが、連盟側は残念ながら今回全く「答え」を示せていないように見える(少なくとも前を向いたものは)。
個別の将棋に関しては準備の詳細などを知らない自分が言えることは全くないのだが、今日の会見を聞いて正直驚いたのは、「がっぷり4つに組み合って戦ってどれだけやれるのか試してみたかった。終盤は強いと思っていたが、やっぱり相手は正確(でこちらが間違えると苦しい)」みたいな感想が出てきていたこと。勿論感想の言葉だけから判断するという行為は意味に乏しいのだが、率直に言えばその程度のことは昨年の将棋を見ていれば直ちに分かるはずだし、(若手屈指の終盤力の)船江ーツツカナ戦のあの衝撃的な顛末と、その結果を受けてのリベンジマッチを見れば、「勝つため」に取る方針が限られてくるのは明らかだと思うのだが(そして直前にアンチコンピュータ戦略を凝らした「人類」がponanzaに3桁連敗を喫しているという事実を鑑みれば現実はより厳しい)。当然、「どう戦うか」を最終的に決める自由は晴れの舞台を得た対局者当人が持つべきものだと思うが、電王戦が昨年に続いて開催されること、そしてそこでソフトと戦うことに対しての対局者の考えといったものが見えて、その選択に納得できるものとはいえない感想だった。
一部で話題になっている継盤使用ルールへの変更要請も、「人類は疲労するからミスを減らせるようにするべき」という主張、そしてそれが実際に行われた時に、今回の結果を受けた、確かに先につながるようなものなのか、ということまで考えて発言されたものなのかよく分からない印象。個人的にはプロ棋士が「勝つ」ルールを探すことにはあまり興味が無いが、もしそういう方向が必要ならいっそ合議制でやればいいと思う。ミスを減らしたいならそちらのほうが明らかに有効だろう。
記者会見の最後では、次回の開催も仄めかされていたが、どのような内容にせよ今年の結果を受けた内容になることを強く望む(それはメンバーを強くする、タイトルホルダーを出すかどうか、とかレギュレーションとかその程度の話ではない。その意味で今日の記者会見の最後の朝日の記者の発言は時間の限られた中でわざわざするにはあまり本質的ではない質問だったといえる)。