日本人は民主主義を捨てたがっているのか

分量はさほど多くないながらも厳しい問いが多く、かなり自省させられる所の多い本だった。
1章では橋下支持の起源を探り、それを支える大きな要素が彼の民衆の(ある種の負の)感情に強く訴える「言葉」であること、そして絶え間なく「ニュース」を作り、解釈や吟味を許さず一方的に情報を流す状態を志向していることを指摘する。
また2章では憲法改正について、統制的に大きく改変された内容が改正案としてあげられているにもかかわらず、背景となるべき知識や理解に関する甘さの目立つ政治家たちがいること、またそれが平然と受け入れられていることの理由として民衆側の、悪しき平等主義とでも言うべき低きに流れる志向があること、そしてそのような態度があたかも進んで民主主義を捨てたがっているかのようなものであることを指摘する。
最後の3章では国民側の意思表明や議論を排除した形で静かに進められる意思決定を目指したやり口(著者は「熱狂無きファシズム」と名づけている)への危機感を訴えるとともに、それらを支えているものが我々の政治に対する「消費者的な態度」であることを指摘する。
いずれの例でも、我々の政治に対するある種の学習性無力感とでも言うべき態度と、それに由来する権利への消費者的態度が本書で挙げられているような暴挙の原因となっているという指摘がなされており、非常に耳が痛い。
個人レベルでも、感度を上げていく必要をかなり感じた。