大栗先生の超弦理論入門

以前書いた通りモニターとして感想を送っているので、そこで書いたジェネラルなものとは少し中身を違えて、より個人的に感じた点をだらだらと。

全体としては例によって大変面白かった。中身は「重力とは何か」、「強い力と弱い力」の2冊に比べて、より研究の香りが強くなっていると思う。著者の研究人生をリアルタイムで追体験する感じな所もそれを強める感じで良い(17年ぶりの集合写真は個人的にこういうのに弱いのでかなり良かった)。一方で、アメリカの研究環境の素晴らしさに折に触れて言及される所が地味に強烈。日本の科学を巡る環境の残念さを改めて思わされる。
説明の技術的な点でも、数式を殆ど用いず、唯一積極的に用いるのは、弦理論では空間次元が25次元に定まるという点、という(多くの人が耳にしたことがあり、かつ計算を追うだけなら中学生程度でも出来る)所に組み立ての上手さを感じる。
後、著者の本は毎回(説明の技術的に)非常にチャレンジングなことを試みている点が個人的には特に凄い所だと思っているのだが、今回のゲージ原理を数式を使わずに説明しよう、という所にはかなり驚かされた(流石に苦労の跡が伺えたが)。今でこそ(ジョジョに顔を出す程に)当たり前になった、自発的対称性の破れのナプキンの例えとかも、こうした苦労から出てきたのだと思うと感慨深い。後は外村先生の実験(電子の干渉のとAB効果の両方)が取り上げられていたのも嬉しかったり。

肝心の中身としては、言葉を聞きかじった程度かろくに知らないことが明快なストーリーを持って説明され、大変読んでいて楽しかった。
個人的には第一次超弦理論革命の、Wittenらによってクオークの世代が(限定的な意味とはいえ)説明されてしまう、というくだりで心底ぶったまげた。以前どこかで聞いた、(超弦理論では)偶然とは思えないほどに色々なことが導き出されてしまう、という話の一端を垣間見た感じで寒気を覚えた。
第二次超弦理論革命の、WittenによってM理論が提唱されるくだりとかも目が点になる感じ。強結合の理論が高次元の弱結合理論と対応付けられるというのは恐ろしいことの気がするが、物性にも上手く応用できないのだろうか。
最終章は非常に意欲的というか、本当に最先端なのかもしれないがちょっと良くわからず。不可逆性が超弦理論で理解できるかもしれない、というのは大変気になるがちょっと俄には信じがたい。

後は個人的に気になった点を(神をも恐れぬ勢いで)書いておくと、
・温度が幻想、という件はちと気になったり。後のくりこみの説明でもそうだが、個人的には各階層性が存在してそれぞれでロバストな「法則」が成立しているというのが大事な所だと思っている(明らかに大野本、田崎本とかの影響だが)ので、「温度が幻想」とか「くりこみは問題の先送りにすぎない」とかのフレーズがひとり歩きしてナイーブな還元主義と一体化したら嫌だな、とか。
・おそらく研究の歴史や潮流をありのままに書いてある、ということの反映だと思うが、途中から超弦理論の統一理論性に関する話が姿を潜めたのが非常に気にかかる。Ⅱ型のパリティの破れが説明できないのがネック、とかの話も打開策は説明されていないように感じたし(M理論があればなのかもしれないが、ある極限下で他の困難が上手く解決された理論と結びつく、みたいな話に思えたのでそれだけは納得出来ないと思った)、超弦理論から有効理論として標準理論を出す、みたいな(M理論の端緒の)試みはその後どうなっているのだろうか?その後の章の話は非常に面白そうで、研究としては魅力的と思うけど、ここを突き詰めないで「統一理論」をうたうのはどうなんだ、という気はする。
・(間違いなら赤っ恥だが)P220最後から二行目は「10次元空間の超重力理論」か?

最後にごちゃごちゃ書いたが、コンセプトも中身も非常にお薦めできる本と思う。

大栗先生の超弦理論入門 (ブルーバックス)

大栗先生の超弦理論入門 (ブルーバックス)