滝山コミューン1974

1970年代に西武線沿線に存在した均質的かつ閉鎖的な団地地帯という状況を背景に、団地住民の子供が大量に通うある小学校の学級において、「みんな」を重視し、「民主主義」を志向していたはずの教育が徐々に歪みを見せていく様を著者の実体験として、かなり踏み込んだ形で記したノンフィクション。
特に遠山啓が提唱したことで知られる「水道方式」などに見られる、(勉強的な意味で)落ちこぼれた子を出さず、「みんなで」前進できるような仕組みと、それだけではすぐに陥る隘路からの脱却手段としての「ボロ班」という仕組みの共存の異様さ、そしてそれらの空転的かつ自己増殖的な側面がまざまざと描かれていて、興味深い。
ただ、良くも悪くも著者の主観的な体験や印象が大部分を占めるため、実際に現場を体験した人の声、というもの以上の学術的意義みたいのはそれほどでもないのかな、という印象。
筆者を筆頭に出てくる小学生が考えることとか言ってることとかがかなりおっさん臭い、ということも、後付臭さを増す感じで、やはり書かれてる内容も、結構主観的側面が強いという点は感じた。

余談だが、河東先生の名前が全く予想してないところから出てきて笑った。

滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)

滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)