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旅先で読むその2。「過去は…バラバラにしてやっても石の下から…」的な話(を牙を抜かれたような格好になっている主人公と、罪悪感に苛まれ続ける妻とを中心に描く)で、3部作の中で一番好きかもしれぬ。

最後の禅寺に行く件が取ってつけたよう(でよろしくない)、という意見が多数みたいだが、むしろ(突拍子もなく、自己完結的な)逃避ってこのような形で出るものだと思うのだが。終わりも現代的。

あと、(これは他の作品とかを見てないので的外れの可能性も高いが)この禅寺の話は、公案とかの件を見るに「宗教」というよりは「象牙の塔」に近いという認識をした(なので、割りと冷ややかなのかな、という印象)。

何というか、ここに出てくる(過去の宗助の持っているところの)「合理性」にせよ、禅寺の「真理の探求」にせよ、「生」の側の(そちらの世界での)論理であって、そこの外に出た(「死んだ」)人間に対して意味を持たない、というのが(潜在的に)明らかなので、ああいったむにゃむにゃした否定になるのは、大変分かる気がする(その意味で「死んだ」人に対して可能性として残されているのが、「無償の愛」というか、非合理的な面を残した「宗教」だろうという考えが潜在的に宗助にあって、救いを求めて門を叩きに行った(が、行き先が適切ではなかった)のでは、という推測。あるいは、そうした非合理性を含んだ「宗教」が既に死に絶えた(あるいは、元「合理的」な人間にとっては訪問するなど思いもよらず、実質的に存在しないも同然な)末法の世の中である、ということが前提なのかもしれない)。

門 (新潮文庫)

門 (新潮文庫)