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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

「昭和の巌流島」と呼ばれた木村政彦力道山の一戦に潜む、「あの試合はプロレスだったのか、ならばなぜ力道山は台本の進行を破り、木村をめった打ちにしたのか、真剣勝負をしたならば結果はどうだったのか」といった数々の謎について、既存の文章がプロレス側からの目線のものが主であることから、柔道側の立場からあらためて検証をすべく18年の歳月をかけて取材を行い、史上最強の柔道家木村政彦や周囲の人々の生涯、戦前・戦後の柔道史、さらにそれらを翻弄した戦争などについてをまとめた本。著者の熱意とほとばしる柔道愛、一方での詳細な調査が素晴らしい。
本題の木村政彦の生き様に関しては言うに及ばず、柔道史についても門外漢にも理解可能に噛み砕きつつ詳細に説明がなされており、大変興味深い。特に現在の正史となっている講道館柔道も、戦前は一つの流派であり他にも有力な流派・勢力として武徳会や高専柔道といったところがあったが、高専大会は戦中に中止され、戦後帝国化に置かれていた武徳会はGHQに解散を要請されるなどのことがあり、「武道ではなくスポーツ」という立場を打ち出しGHQにおもねった講道館が独占状態を形成したこと、その結果高専柔道で高い技術が保有されていた寝技や武道としての実戦的な側面が急速に衰退したという点等が、それぞれの流派における屈指の強豪の列伝や彼らの社会情勢に翻弄される人生と共に詳細に語られるくだりは非常に読み応えがある。
本題の木村に関しても、天覧試合勝利までの道のりと伝説は凄まじく漫画もここまでではないのでは、というほどで圧倒される。またプロ転向後の、ブラジリアン柔術との巡業での戦いの部分も、大変熱くて良い。グレーシー一族の誇り高さと木村へのリスペクトが感動的。プロレス後・特に力道山戦後はなかなかつらい部分もあるが、牛島の拓殖大に戻って岩釣を指導する件とかは泣ける。
しかし全編通してみると、どうしてもやはり道を求めた武道家たちが必ずしも畳の上同様に成功を修め順風満帆な人生を送れたというわけでなく、むしろその一本気な面が時代の変化に翻弄されて厳しい生き方を余儀なくされている所の無常さが印象的。そしてマイノリティとして舐めた辛酸を胸にあらゆる手を使いのし上がった力道山ですら、時代の流れに浮かぶ小舟のようなものであるという意味では同様ということも。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか