わたしを離さないで

主人公による一人称視点での回想という形で、施設ヘールシャムで過ごした自らと周囲の友人の幼少時代の奇妙な集団生活、その背景にあった彼らが受け入れるべき「宿命」、結末へ向かう中でのかつてのヘールシャムの同胞との再会と別れ、といったものが、抑え気味に表現された細やかな心の動きとともに語られる。
まあ避け得ぬ宿命の中で、翻弄されつつもそれを粛々と受け入れて、美しい過去の中で「宝物」を見つけながら生きるのが幸せですよ(ヘールシャムの交換会で手に入れたものを捨ててしまったルースと、取っておいたキャシーの対照がまさにこれと思う)、というメッセージに対しては、五部推し、特に「眠れる奴隷」推しの自分としては人間賛歌の対極にあるものということで受け入れ難いと言わざるを得ない。
後は、舞台の背景である「宿命」に関しては、「なぜ逃げないのか?」という感想とかも見られたが、それはあまり意味のない問だと思う。我々の思考パターンは我々が置かれた環境に強く依存するものだから、ヘールシャムの彼らにおいては自らの使命から「逃げる」という選択肢があり得なかった、むしろ考えもしなかった、というのは不思議のないことだと思う。一方で、こうした彼らの(物語の外の我々から見た時の)近視眼的な行動や思考が明らかにする、(運命の奴隷たる)人間の思考・行動の有限性といったものは、「運命」に従わざるをえない彼らのある種の滑稽さ(そしてそれはこうした話題で重要な側面だと思うが)を演出するものであるにもかかわらず、特にそこには触れず、単に情感たっぷりの回顧の演出に終始したように思えたのが不満点。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)