来るべき民主主義

小平市都道328号線建設計画と、それに対する住民による住民投票請求運動(小平市都道328号線問題)の一連の過程を通じて現在の「民主主義」が構造的に抱える問題と、それに対する実践的な取り組み方について議論した本。
内容は次の五章からなる。
第一章 小平市都道328号線問題と住民投票
第二章 住民参加の可能性
第三章 主権と立法権の問題
第四章 民主主義と制度
第五章 来るべき民主主義

第二章までで小平市都道328号線問題についての報告、運動の具体的内容、そこで露わになった民主主義の問題点である、「現在の民主主義では行政へのアクセスが欠落している」という指摘がなされ、第三章で現在の民主主義の起源について遡って考えることでこの問題について考察し、第四章で問題解決へ向けた具体的提案を行うという構成になっている。第五章は少々異質で、「来るべき民主主義」という概念を通じて本書で扱った問題に抽象的な方向から光を当てるものとなっている。
小平市都道328号線問題に関しては、これまでの「市民運動」のような空虚な概念のみに基づく自己目的化を避けるために、「身体」的な側面を強調しながらきわめて実践的・具体的な運動・提案を行っている点が(近代政治思想の問題を指摘するにあたって、その背後に見える「立法によるトップダウン的政治」という合理・頭脳主義なまさに近代的な考え方に、身体を精神・頭脳がすべて統治できるわけではない、という現代的な考えかたをもって退治しているという意味で)、哲学的な構造を(意識的に)内包しているようで興味深い。
一方で、実際に行われた活動や提案に関しては、それらの結果や効果についての記述は主観的なものが多く客観的・定量的な分析に少々欠けるように感じた。提案をはじめ具体的にあげられている例が全体的に非常に新しいものであることもこの要因なのかもしれないが、住民運動の内容やその効果に関しても(本文中での徳島の成功例にとどまらず)三章で見られたような考古学的考察と、その客観的分析が運動の説得力を増すのには必要と感じた。
本書は上述の問題提起という意味でも、(個人的に感じた)運動に関する客観的考察が欠けている、という意味でもまさに「開かれた問題を含む本」であり、この問題に関してはまさにこれからが重要であるという印象を受けた。現在までの時間を切り取る、本を出す、という行為が避けられぬ総括的側面に対し、「この運動には意義があった」という形での総括は絶対にやめようと思っていた、と本文中でも語る筆者が今後どのようにこの「総括」の誘惑に抗い、実践的な形での運動を進展させるのかという点でも注目される。
これらが四章までを読んだ感想だったのだが、個人的には特に最終章の「来るべき民主主義」という概念に大きな感銘を受けた。三章で解説された、政治の本質である多数の意見から一つの結論を出す、という構造それゆえに避けられぬ「完全な民主主義」の不在というものを意識しながら、到達し得ない追求を続ける必要がある、というデリダによる主張は、以前「ゴドーを待ちながら」を読んだ時に強く感じた「待つ」ことへの絶望・閉塞感に対する一つの指針が与えられたように感じ、個人的に非常に感動した。この章だけで本書の価値はあると言っても過言ではない。
全体としては、「開かれた問い」に対する哲学の現れ方や実践の仕方という点が、例によって筆者の明快な説明で語られた本であり、購入前の期待を上回る本だと感じた。