エレンディラ

奇妙だったり、シュールだったりする情景の描写がしれっと書いてある所や、時折見える強烈な皮肉(海からやって来る金持ちやキリスト教への)とか、諸星大二郎が脳裏にちらつく。「幽霊船の最後の航海」のラストとか「大きな翼のある、ひどく年取った男」とかまさにだし、マジックリアリズム的な細かいのはそれこそ沢山。「愛の彼方の変わることなき死」(題名が良い)の、紙の蝶が風でひらひら飛んで壁に張り付いたものを、女性が剥がそうとすると警備兵が「壁に描いてあるものだから剥がせないよ」というくだりとか好き。
特に気に入ったのは海からのバラの香り、海底の様子などが美しく幻想的な「失われた時の海」で、ゆるやかに死につつある海辺の寒村に、海からやってくる「金持ち」が潮の満引きが如くつかの間のお祭り騒ぎとその後の静寂(と顕になった死の進行)をもたらすという点とか、海からのバラの香りに誘われてやってくる喧騒とか、「予告された殺人の記録」を思い起こさせる。
「この世でいちばん美しい水死人」は上のとは対照的だけどこれもなかなか。

解説の『歴史的事件は神話化によって人々の記憶に留められる』という指摘は、「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」の、序盤のエレンディラの不幸な一代記が徐々に怪物じみた祖母からの逃亡、退治という「物語」に侵食されていく様とかまさに、という感じでなるほど。
後は『われわれにとっては驚きであっても、そこに住んでいる人たちにとっては、ごくあたりまえの日常的なことでしかない。それを驚異と感じるためには、見慣れてしまってなんの驚きも感じなくなっている魂を目覚めさせ、あらためてそれが驚異であることを発見しなければならない。』という指摘とかは(一歩間違うと安易なエキゾチシズムに陥りそうだが)、何かを書くという行為においてきわめてクリティカルな所だな、と思ったり。

エレンディラ (ちくま文庫)

エレンディラ (ちくま文庫)