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電王戦第5局について

電王戦第5局はGPS将棋の勝利となった。
内容も、押さえ込みに回った三浦八段に対して、(人間には)無理気味に見える細い攻めを堅陣を背景に上手くつないで押し勝つという快勝といっていいもので、COMの面目躍如といった感じ。
序中盤の深い研究と終盤の局地戦に非常に強みを発揮する三浦八段としては、持ち味が発揮しづらい将棋になったという面もあったと思うが、COMの見事な勝利だったと思う。

さて、第2回電王戦もこれで終了となり、団体戦(余談だがこの単語から学生将棋を想起してしまう身としては、あれは団体戦ではなく1対1×5だろう、と言いたくなるが、その意味で塚田九段が第4局で団体戦であることを強調していたのは意外だった)としてはプロ負け越しとなった。が、既に多くの人も指摘している通りプロ対COMとしてはまだ始まったばかり、という感じでむしろこれから対局が増えることでよりその(相互)理解などが深まるはずだし、ましてや「トッププロがCOMに負けたから将棋はゲームとして終了」みたいなことは全くないと思う。
こういう考え方は(身近にはこういう主張をする人がいなかったので推測レベルでしかないが)、「人間が従来の形で指す将棋」を人間の知性や創造性という最も「人間らしい」ものが体現されたものと考え、COMに負けるということはそれが失われることであり、したがって「人間らしさ」を発揮できる別のものへ移行するべき、というものなのかもしれないが、最も簡単な反論としては「COMも人間の創造性が現れたもの」というものがある。

まあ上の考え方は(個人的に実際に言ってる人を見たことがないことから推測できるように)かなりナイーブな意見で上述の反論で議論は尽きていると思うが、別の反論としてこれまたよく言われるものとして、「自動車があるからといって100m走の魅力は変わらない」というものがある。
この主張に対して感じたある種の「違和感」が本題の予定だったのだが、長くなってきたので続きは後日書く。