方法序説

大変面白かった。読み始める前は、表紙とか教科書に書いてあるような、あらゆる前提を捨てた結果初めて到達した、考える己の確かさを声高らかに宣言する、みたいなのを想像していたが、個人的に強い印象を受けたのはむしろそこ(第4部)やその後の科学的な思考の基本になってるぽい4つの格率(第2部)などよりも、それを実生活の中でどう実現していくか、という話の第3部と、上述の思考の実際の(特に自然科学的な)問題への適用の一端に触れた第5部。

第3部について言えば、それまでで掲げた、社会通念や常識を捨てて、徹底した懐疑と演繹に基づいて思考することを指導原理とする考え方というのは、例えば政治の例にしてみても、一人で順序立てて考えれば真理に辿り着けるのであり、大勢で「答えがない」問に対して蓋然的な論拠の下「より良い」答えに向かおうとするのはこれに比べて劣る、としている点できわめて反社会的な訳だが、こうした考え方を実際の生活の中で実現する方法として、(前部までのかなりラディカルなものと一転)現実的なものが取り上げられているのが、真剣に「より良く生きる方法」を追求した結果というのが正直な形で滲み出ていて、好感が持てた。
特にその点で興味深かったこととしては、「良識ある人が認める最も極端でない意見に従うことを旨とする」という方針の理由が、「両極端の方針を取ると外れた時に真理からの隔たりが大きくなってしまう」という所か。これまでの常識や前提をすべて疑ってかかる、ということを実生活で目指しつつ、より良く行きていこうという目標設定において、良識ある人の意見を一旦採用してみる、というのは上述の現実的な点がとても良く出ていると思うし、またここには、筆者がものごとの「真理度」を数直線みたいなものと考えているらしいことが見て取れるのも面白い。
というのも、(個人的な推論の域を出ないが)筆者はまず真理の最上級として神を置き、そこから順に(例えば)人間、動物というヒエラルキーを考えていて、そこを隔てるものは何なのか、また真理に近づくにはどうすれば良いのか、ということの答えとして理性とそれによる思考、という軸を得たように見えるため。また演繹による理解、というものもこの階層構造に密着していて、演繹できないいわば「公理」的なものを階層構造の上位にある、と考えている印象を受けた。

第5部に関しては、そのきわめて先進的な思考に本当に驚かされる。個人的に一番すごいと思ったのは「神がいまこの世界を維持している働きは、神が世界を創造したときの働きと全く同じだということ」という点。
こうした考えは(従来の)キリスト教の神は勿論、例えばギリシャ神話とかの、人間的な神からも、はたまたユダヤ教の神のような、絶対的で人間を超越した神からのいずれからも出てこない、「絶対的だが理解可能な法則」としての神、像であり、これをさらっと書いているのには感動する(進学にも受け入れられているという記述が気にかかるが)。
後はまあ、人間と動物を隔てるものとしての理性、そしてその発露として言語による思考の共有と、単純な応答でないきわめて多様かつ複雑な行動を考えているところも興味深い。

全体を通じて、思想の大転回を試みる、などでなくあくまで個人として真理へ近づき良く生きる方法を追求したい、という一貫した思いが感じられ(最終部など特に)その点でもとても感銘を受けた。

方法序説 (岩波文庫)

方法序説 (岩波文庫)