どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?

本来あんまり買う気はなかったのだが、友人の感想(辛め)を見て逆に読む気が湧いたので購入。

中身は半分はリアルタイム観戦記、エッセイといったもので、残りは対話篇、と称しての羽生名人、勝又六段、山崎七段、行方八段、深浦九段との羽生将棋をめぐる対談。

まあリアルタイム観戦記についてはその中身が薄い、という話もあり、たしかにあれは中継を見ながら、一手一手への控え室などの応答が更新されていく様子を楽しむとか、ちょっと手の止まったときに紹介される話が面白いといった、正しく生で楽しむ要素が大きいものなので、全くそのまま抜粋したものがまとまった本として読む価値を持つか、というのは微妙というのは分からなくもない。
ただまあ普通の観戦記レベルは保っていると思うので(むしろ読んで不快になったりすることはなかったので上かもしれない)まあ薄いと言うほど薄いこともないか、という感じ。どちらかというと、リアルタイム観戦記と同程度の文章しか発信されていない現行の観戦記の方に問題を感じる。

やはり本書の最大の見所は対話篇であり、5人の羽生将棋についての話はさすがにかなり面白い。インタビューした時期が非常に新しく、かつそのタイミングとかも例えば名人戦で敗れた直後の三浦八段を交えた深夜の感想戦とか、王位を奪われてすぐの深浦九段など、実に将棋界の「まさに今」という時(しかもおそらくは後々まで記憶に残されるような)を捉えているところはさすが、と思わされる。

人選も普段長いインタビューとかにあまり出てこないような行方八段、山崎七段などを選ぶ所は非常に面白いと思うし、実際楽しめたのだが、最も惜しむべきはこれだけ旬をとらえようとしているにも関わらず、今季完全にはっきりとしつつある若手大躍進の流れを逸してしまっていること。
「今」の羽生将棋を語るならば、今季羽生名人に勝っている若手である広瀬王位、豊島六段、戸辺六段、糸谷五段について触れないわけにはいかないし(今年に入るまで羽生名人が「有望な若手」などに負けたことは殆どと言っていいほど無かったのだから)、何よりも渡辺竜王の羽生将棋評は必要不可欠であった(まあタイトル戦真っ只中の気まずさとかはあろうが)。もしこれがあれば、2年前の大逆転劇により、一対一の勝負、という点において言えば完全に立ち位置が互角になった現在における、2年前と今の羽生将棋への竜王の見方の変遷、といった非常に興味深いものが提示されていただろうことが残念でならない。

後はコンピュータの話題については、まだコンピュータが捉えきれない人間の大局観、という割とありがちなところに終始してしまっていたのが残念な印象。これは締切りの都合とかがあったのかもしれないが、清水女流六段対あからのことは確実に一つの大きな出来事であり、特に個人的には作戦選択の辺りについての話を聞いてみたかった。
あの時は人間が作戦選択を手で入れたわけだがこれをコンピュータが自力で相手の苦手な戦法、展開を考えて選ぶようになったならば、勝ちやすさ、という面からすればかなり向上すると思うので。棋力自身の向上とは関係ない所ではあるが、人間の将棋をコンピュータがどう捉えるか、という問題として興味深い所もあるのではないかと思う。

まあ色々書いたけれど、対話篇は概ね面白かったし、特に3章以降のレアな人たちとの対談は一読の価値ありといっていいと思う。